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屋号 小袋定雄窯 大分県日田市源栄町170 
0973-29-2400
元々黒木系の窯であったが三台目を継ぐ養子彦六が自姓を名乗って以来小袋となったもので、小鹿田には珍しい姓である。先代遊喜は若い頃西新高取系の窯元に弟子入りして陶技の基礎修行をしており、敗戦復員直後直ちにこの道に入ることが出来た。個人窯。
屋号 坂本一雄窯 大分県日田市源栄町174
0973-29-2467
先代甚市は戦前、戦中、戦後から昭和の終わり近くまで小鹿田焼一筋に生きた人で、気品のある作調で知られる。七十歳を過ぎてからの二十余年は手捻りの細工ものに勢力を注ぎ、特に香炉は大小様々に精巧な作品を手がけている。当主一雄は現在小鹿田焼共同組合長。メジロをこよなく愛し。美形、美声の名鳥に育てる。共同窯。
屋号 坂本工窯 大分県日田市源栄町176
0973-29-2404
父、坂本茂木より家督を継ぎ現在に至る。一男二女の父。現代の小鹿田焼きの担い手として大変有望な作家である。個人窯
屋号 柳瀬朝夫窯 大分県日田市源栄町155
0973-29-2440
三代等が早世(戦病死)したあと、弟金吾が継ぐが、手が不自由な為轆轤は挽かず朝夫が陶技を祖父熊蔵に習い、若くして当主となる。朝夫は四姉妹の父、親類筋から長女に婿を迎えて後継者とした。現在小鹿田焼技術保存会会長。弓道は二段。共同窯。
屋号 柳瀬晴夫窯 大分県日田市源栄町152
0973-29-2469
八代三次は師について水墨画を学んで小鹿田に珍しい細密な染付けの絵皿などを作り、十代定吉も絵心があってサビ絵の器を数多く残している。代々手捻りの細工ものを得意とし、祖父審造は龍や獅子の彫り物の力作で知られるが、父満三郎もそれを継いで手捻りの細工も手がける。弓道は満三郎が五段、晴夫は二段で小鳥を飼う。共同窯。
屋号 黒木富雄窯 大分県日田市源栄町181
0973-29-2403
当主富雄は先代窯元黒木家の婿養子に入り技を学ぶ。義父利保は滋賀県信楽の公立工業学校窯業科を出、人望あつく同業組合長も務めたが先年惜しくも急逝した。子供たちがまだ学生で家業はいささか手不足ながら三人でがんばっている。弓道は初段、他に海釣り、川釣り、ゴルフなどを楽しむ。共同窯。
屋号 黒木史人窯 大分県日田市源栄町148
0973-29-2429
若くして西新高取系の窯元に弟子入りして修行した先代猪熊が草世したため、陶技は祖父茂に学び、十代で当主を継ぐ。弓道は初段だが趣味は写真、機械いじり、模型作り、狩猟など多岐にわたり多くは玄人はだし。現在は川釣りの擬餌針作りに凝る。共同窯。
屋号 黒木隆窯 大分県日田市源栄町149
0973-29-2402
飛び鉋は初代浜吉が中国宋代のものにヒントを得て始めたもの。打ち刷毛目は大鶴村の医師井上巻之の発案に協力して大正末期から昭和の始めにかけて開発されたもの。浜吉は多芸多才で、小鹿田ではじめて個人窯を築き、本来の器もののほかに手捻りの細工にも秀作を残す。先代力は小鹿田焼技術保存会の初代会長で、現在は顧問。弓道は親子共に二段。個人窯。
屋号 坂本正美窯 大分県日田市源栄町143
0973-29-2405
先代、先々代とともに長年同業組合合長をつとめた。柳宗悦、浜田庄司らを迎え、バーナード・リーチが滞在したのもこの窯元である。先代晴蔵は、技能功労者として労働大臣表彰、さらに勲六等端宝章の叙勲も受けている。晴蔵は弓道練士五段。当主正美は二段、山に入り、木と親しむことを好む寡黙の人。個人窯。
屋号 坂本義孝窯 大分県日田市源栄町140
0973-29-2449
三代目を継いだ亀吉が弟次吉に家督を譲って小石原に転出した後、四代目敏の陶業から離れたため、しばらく途絶えたが、四男義孝がカネマルの先代黒木利保に陶技を学んで一九六九年再興した。弓道は三段に挑戦中。他にゴルフ、狩猟などを楽しむ。個人窯。
参考資料:芸艸堂刊『小鹿田焼すこやかな民陶の美』より抜粋
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